2241035
オオクワガタに魅せられて
[トップに戻る] [アルバム] [留意事項] [ワード検索] [管理用]
おなまえ
Eメール
タイトル
コメント
参照URL
添付File
暗証キー (英数字で8文字以内)
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
文字色
・画像は管理者が許可するまで「COMING SOON」のアイコンが表示されます。

偶然と必然D!! 投稿者:ケンケン 投稿日:2020/03/20(Fri) 17:39 No.13045   

オオクワガタ愛好家の皆様、今日は記念すべき「春分の日」ですネ。

私は、春分の日から夏至の日までが一番、楽しみで、秋分の日を境に、どんどん日が短くなっていくのが寂しくて、冬至の日が過ぎると春の便りを楽しみに冬眠生活を送っています。

東京は、既に桜の開花宣言がなされましたが、京都の哲学の道の桜並木を今年も見に行きたいと願っています。

さて、平山氏との出逢いによって、私のオオクワガタ人生・第二章の始まりですが、概要は拙著「オオクワガタ飼育のすべて」に書かれていますので、まだお読みいただいてない方々も含めまして、そちらに委ねさせていただきます。

平山氏との出逢いの中で、やはり一番、大きかった事は、能勢地方で間違いなくオオクワガタが生息している事実を知り、その生息場所が、初めて見る「台場クヌギ」である事を知ったことです。

そして、世の中に「月刊むし」という雑誌が存在し、平山氏から譲り受けた「オオクワガタ特集号」には関西のポイントと山梨のポイントが明確に記されていて、オオクワガタ愛好家が、こんなにも沢山、おられる事を知ったことでした。

それからというもの、私はこの「月刊むし・オオクワガタ特集号」を片時も離す事なく熟読し、過ぎ行く夏の日を惜しむかのように、何度か一緒に平山氏に三草山を中心とした、オオクワガタ採集ポイントに連れて行ってもらいました。

やっとオオクワガタと再会できた歓び、そして、台場クヌギという、とてつもないオオクワガタの住処を知り、翌年以降の採集に夢を馳せた次第です。

つづく

偶然と必然C!! 投稿者:ケンケン 投稿日:2020/03/17(Tue) 18:13 No.13043   

オオクワガタ愛好家の皆様、こんばんは。

今日からは、やっと春らしい陽気に包まれた大阪ですが、まだまだ朝晩は冷え込みますので、皆さん、体調管理にはくれぐれも気をつけてくださいネ。

さて、高校に入ってからの私は、闘病生活を余儀なくされたこともあり、オオクワガタと接する機会も無くなっていました。

退院後、卒業まではドラムに専念していた事もありましたが、付近の宅地造成が進み、採集に出掛けてもノコギリ、コクワ、ミヤマ、カブトムシは見かけるものの、オオクワガタどころか、ヒラタすらほとんど見かけなくなりました。

そして、大学は幼年時代を過ごした生家付近の京都大学に入学したものの、中高6年間、男子校で過ごした反動か?本能の性?かは分かりませんが、オオクワガタは完全に頭から消えて無くなり、夜は合コン、昼間はパチンコ、たまに大学の講義に出ても4人揃えば雀荘に消えていました。(笑)

ただ、さすがに夏の季節はクワガタ採集が恋しくて、残り少なくなった雑木林を探して、梅雨の合間の晴れた6月のある日、たまたまクヌギの樹を見つけては、意味もなく?蹴りまくっていました。

時々、バサッと音がした場所を探しても枯れ枝が落ちているだけだったのですが、ある時、枯れ枝だと思ってバサッと音がした場所を見ると、そこには特大ミヤマが裏返っていました。

「エーッ!ミヤマが梅雨の合間にいるの???」クワガタ採集は7月がメインだと当時は思っていたのですが、何と梅雨の合間に特大ミヤマが発生している事実を初めて知りました。

こうなると、辺りのクヌギを全部、蹴りたくなるのが私の習性です。

次から次へと樹を蹴る度に、バサッ、バサッと音がする箇所を探すと、至る所でミヤマ、ノコギリが見つかりました、

「クワガタは梅雨の合間の晴れた日に既に発生しているのか?」今なら常識である、こんな事を改めて思い知らされた気がしました。

しかし、大学入学後、更に宅地造成が進み、余り自宅に帰らなかった私は気づかなかったのですが、とうとう、ある日のこと、昼間に囲いのトタン板の間の隙間から覗いた風景は私を驚愕させて余りあるものでした。そう、私の心の故郷、オオクワガタの生息する雑木林が一山、丸々、無くなっていたのです。

この時の私のショックは、本当に筆舌尽くしがたい!!という言葉を絵に描いたような状況で、心の底から、言いようのない絶望感に襲われました。

そして、私のオオクワガタとのご縁は、一旦、ここで第1章が終わります。

私が、いわゆる「飲む打つ買う?!」という男の本能?にうつつを抜かしていた間に、大切な大切なオオクワガタが身近に完全にいなくなってしまった瞬間でした。

私は、その後も益々、麻雀にのめり込み、大学院に進んだものの、専門の食品科学はうわべだけで、実際は麻雀をするために進学したようなモノでした。

そして、オオクワガタへの憧れが薄まるにつれて、学問に対する情熱も何故か薄れてしまい、気がつくと大学に残る選択肢も薄れて、私のような人間は会社勤めには向かないと言われながらも、女房と知り合ったばかりの時期で、早く社会人になりたくて就職が頭を占めました。

そんな時に、タイムリーに友人のお父さんでサントリーの役員をされておられる方からコネ入社のお話をいただき、どうせダメだろうと思っていたため軽い気持ちで一次面接を受けに行きました。

当時のサントリーは行きたい会社のナンバーワンにも選ばれるほど人気があったからです。ただ、自分を試したくて、親も大学院の師匠の反対も振り切って、入社試験を受けたのですが、あれよあれよという間に最終面接まで行き、当時の経団連の会長であった佐治敬三社長と一対一の面接の場に相当、気を遣って臨んだのですが、他のヒトが20分位、面接を受けていたのが、私が約5分で終わったため、「アー、やっぱりダメやったな?」と帰宅して正直に父に話をすると、急に父の顔が曇り「それはお前、受かったな…。ただの顔合わせだけだったと思う。」と言われ、案のじょう、採用通知を受け取りました。しかも、結果は私より父の方が先に知っていました。私の採用は、正に私の実力では無く、 コネくり団子!?だったようです。

当時のサントリーの研究所は、医薬に重点が置かれていて、非常に優秀な人達、特に女子は本当に優秀かつ魅力的な女性の宝庫?!でした。

オマケに、勤務時間内に官能検査と称してビールやウイスキー、ワインの試飲ができ、就業後も、連日、飲み会やカラオケに出掛けて、またまた、本能に忠実な生活を送っていました。

そして、29歳11ヶ月での結婚を2ヶ月後に控えた8月のお盆過ぎ、たまたま婚約者と一緒に、京都、大丸の屋上のペットショップに久々にクワガタムシを見に立ち寄ると、何とオオクワガタの中歯型と小歯型が売られていました。

とても懐かしい気持ちで満たされながら、「大歯型はいないのですか?」とお店のご主人と話をしていると、「ボク、今年、74ミリのオオクワガタを採りました!」と話を遮って横ヤリを入れた方がおられました。

これが、私が平山氏との運命的な出逢いの瞬間でした。

ここからが私のオオクワガタ人生、第2章の幕開けです。

つづく

偶然と必然B!! 投稿者:ケンケン 投稿日:2020/03/14(Sat) 02:05 No.13033   

オオクワガタ愛好家の皆様、こんばんは。

原因不明ですが、一部、掲示板にアクセスしづらくなっているようです。

ご迷惑をお掛けして、誠に申し訳ありません。

さて、下記の書き込みで、封印していた私の約2年間に渡る闘病生活のお話をしてしまいました。

楽しいオオクワガタの話題のご提供ではなくてスミマセン。

ただ、私の生き方の底辺を流れているものが?、この時期に出来上がったのかもしれません。

特に、私は権力が大嫌いです。(偉そうな人間も大嫌いです。)

自然と音楽は大好きです。

闘病後、暫くは運動が出来ませんでしたが、その時に始めたのがドラムでした。

男子校ゆえ、女子にモテたいという、始めた動機は不純でしたが、文化祭でのバンド活動は、唯一の輝ける場所であったかもしれません。

話が逸れましたが「長い物には巻かれろ!!」という言葉、いや生き方が大嫌いで、その後の人生でも必要以上に敵を作ってきた?原点がここにあるように思っています。

だからこそ、オオクワガタが本当に好きではないのに、飼育用品も含めて単にお金儲けの手段、名声?!を売るための手段としか考えていない輩に対しては、袂を別って来ました。

その代わり、と言っては何ですが、本当にオオクワガタが好きな方々とは末長く、お付き合いしてきています。

また、闘病生活と幼年時代を過ごした京都市内での楽しくも辛い生活を通して、本当に優しいヒトを見抜けるようになりました。

その反面、真逆のヒト、特に権威を盾に平気でヒトを切り捨てる人種には、常にキバを剥いてきました。

今の世の中を見渡すと、私のような考えで生きて行くには本当に辛いのですが、こればかりは今更、変えようがありません。

女房や子供からは、最近、私が丸くなった!ともっぱらの評判ですが…。(笑)

偶然と必然A!! 投稿者:ケンケン 投稿日:2020/03/13(Fri) 18:26 No.13032   

オオクワガタ愛好家の皆様、こんばんは。

偶然と必然…。

一期一会…、と並んで私の好きな言葉なのですが、私が初めてこの言葉に感銘を抱いたのは、高校1年生の頃でした。

当時、私は腎臓を患って、入院生活を余儀なくされていました。

元々は体育会系の人間で、中学は野球部、体育の授業が一番、好きな科目だったのですが、中学2年の時に右手小指を複雑骨折し、実際は
小指の第1関節より先を切断しかけたのですが、学校に隣接して東大寺の境内の中に病院があったので、何とかくっ付けてもらえました。

ただ、指先が腐らないように飲んだ抗生物質のせいか?中学3年生の途中から微熱が続いて歩くのも困難になった矢先、コーヒー色の血尿が出て、やっと腎臓に欠陥?がある事が分かった次第です。

多感な時期に、この入院生活と運動禁止は、本当に辛かったです。

出口の見えない中、京大病院の重病患者の方々と一緒に過ごした中で、一人、また一人と同室の患者さんが亡くなっていかれ、私も絶望感の中を過ごしていましたが、そんな時に新聞の広告で私の目に留まった書物のタイトルが二つありました。

その一つが「偶然と必然」。

もう一つが「生きるのが下手な人へ」でした。

「偶然と必然」は、当時、フランスのパスツール研究所の所長で、ノーベル医学生理学賞を受賞されたジャック・モノー著の書物で、将来、生命科学の研究を志していた私には、学問的な興味と同時に、斬新な哲学的な思想内容に非常に感銘を受けました。

もう一つは、その後、私が生きて行く上で最も影響を受けた、仏教学者兼、伝道師の紀野一義先生の著書でした。

先生は、広島市出身、東大の哲学科出身で、戦争で日本を離れて出兵中に原爆で家族を全て失った過去をお持ちでした。

闘病中の私には、先生の本は真底、心にしみました。

当時、まだ世の中に知られていなかった俳人・山頭火を知ったのも、先生の書物の中でした。

この書物を読んで、絶望の底にあった私が、どれだけ救われたか知れません。

そして、勿論、偶然と必然は、私に将来、医学も含めて、生命科学の世界に進む希望を与えてくれました。

つづく

偶然と必然!! 投稿者:ケンケン 投稿日:2020/03/10(Tue) 22:33 No.13009   

オオクワガタ愛好家の皆様、こんばんは。

世の中、見えざる敵?かどうか分かりませんが、国民を蔑ろにして自分のことしか考えない独裁政治家とコロナウィルスの影響で閉塞感が漂う今日この頃ですが、皆さん、お元気ですか?

私は歳(余命?)のせいか、冬眠中のためか分かりませんが、最近は幼い頃から現在に至るまでの採集の想い出が走馬灯のように私の頭を駆け巡っています。

拙著「オオクワガタ飼育のすべて」を読んでいただいた方々には、私がオオクワガタが大好きで、飼育方法の研究・開発に夢中に取り組みながらも、実は採集が大好きな事はご存知だと思いますが、私の中では、本来ならば採集の方が圧倒的に好きにもかかわらず、自然の中で採集できなくなったために、仕方なく飼育も始めた!というのが正直なところかもしれません。

思い返せば、私は幼い頃から、オオクワガタが身近な存在で、産まれ落ちた生家のある京都市左京区では、他のクワガタよりは珍しかったものの、普通に?オオクワガタが存在していました。

残念ながら、小学校の4年生の途中で郊外の宇治市に移り住むまで、京都市内では一人でオオクワガタを採集した事がありませんでしたが、左京区の北部?にある『岩倉』という場所では親戚のお兄さんと中歯型のオオクワガタを一緒に採集し、北白川の豪邸に住む友人のお父さんは(実は私と父の大学の先輩なのですが)趣味でオオクワガタの著名な?採集家で、友人の夏休みの課題には必ずオオクワガタの大歯型の標本が鎮座していました。

また、夏の風物詩の夜店で、珍しいながらもオオクワガタの中歯型が時として売られていた事さえありました。

私は夏休み前後、毎日のように大文字山から白川街道にかけてのクワガタ採集が日課でしたが、ミヤマ、ノコギリ、コクワ、ヒラタは普通に採集できたものの、さすがに大文字山周辺でのオオクワガタ採集は困難で、年に1、2度、友人が小型個体を採集して仲間内でヒーローになっていました。

ところが、親戚のお兄さんに連れて行ってもらうと、岩倉という楽園では、ミヤマは100匹単位で採り放題、他では見たことが無いアカアシやネブトも少なからず採集できました。

もっとも、アカアシは後に、京大の芦生の演習林でヤナギの木で普通に見かけるようになりましたが…。

そして、岩倉から比叡山の山麓にかけては、憧れのオオクワガタも、採集出来る場所でした。

この岩倉は、生家の銀閣寺近辺からバイクで約20分程度の場所にありました。

そんな恵まれた環境から、郊外の宇治市に転校して最初は寂しくて仕方無かったのですが、実はこの引っ越した現在の実家の周辺の雑木林が、トンデモナイ!程のオオクワガタの生息地だったのです!

近鉄京都線の京都駅から約18分、新興住宅地が開発されて急行が止まる大久保駅から徒歩約15分、長閑な風景の丘の上にある住宅地だったのですが、その住宅地は駅方向を除く三方を雑木林で囲まれており、数分歩けば、どの方向にも雑木林がありました。

そして、転校して2年目の夏休みに、とうとう、自宅から徒歩2、3分の雑木林でオオクワガタの小歯型の採集を皮切りに、徒歩10分内の雑木林では、オオクワガタの中歯型、小歯型を複数、採集する事ができました。

また、その雑木林近くの別の住宅地では、友人が家の玄関に飛んで来たと言って、生きた状態では2度目の、しかも宇治市では初めての大歯型を目にする事すら経験しました。

このように、私のクワガタ人生は、不思議な事に、幼年時代から、偶然か必然かは分かりませんが、深く、固く、オオクワガタと赤い糸で結ばれていたかのような、オオクワガタの密度が非常に濃い環境の中で生活していました。

ひょっとしたら、私は他のオオクワガタ愛好家の方々に比べて、トンデモナイほどオオクワガタの生息地に近い場所で幼年・少年時代を過ごしていたのかもしれません。

これが、私とオオクワガタとの運命的な出逢いの始まりでした!

つづく

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17]

処理 記事No 暗証キー

- Joyful Note -